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早春の穂高 その3

アップロードファイル 284KBアップロードファイル 264KBアップロードファイル 262KB晴れ

4月30日
 山小屋の朝は早い。(消灯も早いのだが・・・。)
 山小屋の部屋は、2段式の8人部屋であったが夫婦連れ3組の6人で宿泊した。
 やはり、この時期は、5月の連休に比べて登山者が少ないことを物語っている。

 午前4時30分起床。
 朝食は午前5時30分からである。
 早い出発の登山者は、予め注文していた朝食を受け取り午前5時ころ山小屋をあとにした。
 私たちも、午前5時30分から食事を摂り6時50分に出発。
 山小屋を出て左側の急斜面を一気に登り、比較的緩やかなコブを越えザイテングラートの取り付きを目指す。
 眼下の涸沢カールの幕営場には、20数張りの色とりどりのテントが白銀の世界を美しく醸し出している。
 また、左手には前穂北尾根の白い稜線がゴジラの背のように屏風岩に向かって延びている。
 約1時間ほど歩いただろうか、ザイテングラート下のあずき沢に着く。(ザイテングラート(Seitengrat)はドイツ語で支尾根というらしい。)
 あずき沢では、ところどころに小規模の雪崩が発生している。
 また、雪崩でできたデブリが多く危険である。
 私たちは、ザイテングラートを選びその尾根と東側のコースを選んだ。
 このコースは、山の傾斜と、雪庇があり危険ではあるがデブリと雪崩の多いあずき沢より安全と判断した。
 他の登山者も後につづく。
 ザイテンの中間ほどで下山中の一人が雪庇にとられ、私たちの近くを約300mほど滑落した。(この日4件の事故があった。)幸い大きな損傷はなく自力で下山したようである。

 涸沢小屋から約2時間30分で、穂高岳山荘がある白出(しらだし)のコルに到着した。
 穂高岳山荘は、26日小屋開けのため、小屋の中にはまだ補強のポールが張り巡らしている。
 もちろん、屋根には、1mほどの雪があり、軒まで雪に覆われている。
 小屋の方々は、忙しくチェーンソーでその雪塊を取り除いている。
 その様子を撮影している関係者がいた。
 「小屋の方ですか」
 私は尋ねた。
 「そうです。7月頃山と渓谷社からDVDを出します。」
 買って欲しいとまでは言わなかったが、数年前10月10日の登山の日に穂高岳山荘に宿泊したとき抽選でビデオを貰ったことがあったことを話した。

 ここで、家内を残し、比較的安全な涸沢岳に登ることにした。
 山荘前のヘリポートを横切り、飛騨側の斜面に向かう。
 28日の吹雪と寒波のためか、アイゼンが立たない、またピッケルも数回打たなければならない状態であった。
 山岳警備隊の方が言った意味が・・・・・。
 ただ、数人歩いた跡がありここを外れることなく進むことにした。
 約30分ほどで3,110mの涸沢岳に登頂。
 山頂から見ることができる垂直に落ちた真っ黒い岸壁と純白の北穂とその稜線、大キレット、南岳や槍ヶ岳が美しい。
 また、奥穂、ジャンダルム、西穂の稜線も迫力満点である。
 20分ほど時間を費やしたのち下山することにした。
 夏と違い、表面が凍結した山の山を下りるのには細心の注意が必要である。
 ピッケルとアイゼンの位置を確認しながら白出の山荘に向かった。
 穂高岳山荘では、周辺の景色を堪能し穂高の山々に思いを抱きながら下山開始した。
 この日は、横尾山荘までの下山となる。
 下山は、歩行時間:約4時間30分。3時10分に横尾山荘着。

 明日は、大正池までの平坦なコースを散策するつもりである。
 これまで上高地方面では、ゆっくりと散策したことがなく今回はじめて大正池ホテルに泊まることにした。
 帰りは、安房トンネルを抜け150号線を飛騨高山経由を予定している。