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早春の穂高 その1

アップロードファイル 92KBアップロードファイル 175KBアップロードファイル 274KB晴れ

 今回は3年ぶりの穂高となる。
 昨年は倅の挙式、一昨年は母の病と2年間ご無沙汰であった。
 昨年は全国的に大雪で、当然のこと涸沢も大雪であったそうだ。
 したがって、稜線に出ることはもとより、涸沢までもが危険な状態であったようである。
 夏期の本谷橋付近から沢に沿っての冬の登山が、横尾付近から沢に沿った登山道に引き寄せられて歩いたそうである。
 今年は、昨日(2007年04月28日)雷鳴の轟く吹雪が穂高を襲い、上高地でさえも雹が(ひょう)が2時間以上も降ってしまった。
 このような中、04月29日から憧れの穂高登山となったのであった。
 04月28日は、土曜日にもかかわらず出勤であった。
 昨日まで、家内が冬山登山の準備に勤しみ小生が帰宅すると、手慣れたもので完璧に準備を完了させていた。
 7時40分頃自宅を出る。
自宅−徳島道−淡路鳴門道−山陽道−中国道−名神高速−中央道−長野道−松本IC−158号線−沢渡 と走る。
 途中「みどり湖」PAで仮眠をとり、沢渡には5時50分に到着。
 通常沢渡からバスにて上高地に入るのだが、1969年はじめて穂高に入り(途中ブランクがあった)今日まで大正池でゆっくりしたことがなく、今回は大正池ホテルで宿泊する予定であるため奮発してタクシーを利用した。
 時刻は、6時15分である。
 タクシーは池尻から乗車し、途中大正池ホテルに荷物を一時預けた後、上高地バスターミナルに向かった。
 到着するや否や何か騒がしいではないか。
 「10分も過ぎてるのに、何やってんだ!」
 早朝から、小太りの中年の男性が大声で怒鳴っている。
 このような所にきて分刻みのスケジュールってありえない私たちには、異様な感じさえするが・・・。
 バス会社の方がこわばった様子で何やら話している。
 その後何もなかったように数名を乗せたバスが、ここを後にした。
 私たちも、少しばかの朝食を摂り涸沢に向かった。