最近の日記

2007年1月石鎚登山

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やっと待望の冬期登山を開始することができた。

今週は、岡山県内→大阪府内→兵庫県内→岡山県内→広島県内→山口県内と年始の挨拶と新案件の打ち合わせなどで家にいない一週間であった。

昨日下関市内の某舶用電機メーカを最後に恒例の年始挨拶を完遂することができた。
日本の戦後で最も長く(1965年から70年の57カ月にわたる長期間)続いたいざなぎ景気超えの報道をされていたが、業種、業界によっては、全く相反する不況もあることがわかった。
日本すべてがうかれてはいけない時代だということも・・・・・。

話は、今年初めての冬期登山について書くことに。

2007年のスタートは、石鎚山に決めていた。
それも積雪の多い石鎚山であった。
しかし、いざ登ってみると、例年の5分の1程度である。
暖冬とはいえ、そんな筈では・・・・・。
気持ちを持ち直し山行記の綴ることに・・・・・。

午前5時起床。
予め準備していたので、5時20分自宅出発。
石鎚登山口には、6時40分到着。
7時登山開始(ロープウェイにて石鎚ゲレンデ)のつもりが、リフトの運転開始が8時となっていたので、しばらく待つことになった。

ロープウェイは、スキー、スノーボーダーで満員状態である。
登山者は、3名ほどである。
約20分後成就社駅に到着。
ここから石鎚山成就社に向かう。
9時過ぎ社のある成就社に到着。
お参りした後、9時30分ころ出発し山頂を目指す。

試し鎖、1の鎖、土小屋合流点、2の鎖、3の鎖付近を通過し、山頂へ。

アイゼンは、必要ではあったが、試し鎖までは所どころ石ころや地肌が目立っていた。
例年なら、2の鎖前の鳥居は、雪で埋没しているが、今年は、階段を覆い隠す程度の積雪であった。

迫力なく”ガッカリ”

弥山(山頂)到着は、12時20分であった。
写真撮影などしていたため、通常より時間がかかってしまった。
今日は、天候が良く頂上からの眺望がいい。
360度のパノラマ、すべて良かった。
でも、例年なら、岩黒山、瓶ヶ森、二ノ森、堂ヶ峰など白銀に包まれているのだが、斑模様である。

今までの冬期登山では、いささか迫力のない世界であった。
気温は、マイナス5度程度である。
山頂には、私たちを含め5名しかいない。
太陽が顔を出しているが、北から吹く季節風は肌を刺す。
社横で寒さをしのぎ、ここで昼食をとった。
そして、ファインダーを覗き天狗岳や周辺の山脈を撮る。
逆行気味であったがやむを得ずシャッターを切った。

午後12時45分ころ山頂を後にする。
ロープウェイのりばまで2時間であった。
午後3時発に乗る。
登山口には、3時20分ころ到着。
登山口には、明日登頂を目指す登山者が30名ほどいた。
大阪、九州、名古屋方面からだそうだ。

暖冬とはいえ、雪景色を期待していたのだが・・・・・。
自然の摂理には従うしかない。

次回は、寒風山もしくは、伊予富士に行くつもりである。

雨と孫と錦秋

アップロードファイル 276KBアップロードファイル 222KBアップロードファイル 282KB雨

今日、銅山川の渓谷の紅葉を見に行くことに。
前の晩娘に電話し、雨が降っても行こうって約束していました。

9時過ぎ娘と孫が我が家に・・・・・。
孫は、生後1年足らずのうちからテント担いでアウトドアしていたので至って上機嫌。
パジェロに乗り込み、近くのファミマにてお弁当やドリンクを仕入れ車に積み込む。

空を見上げると怪しい雲行きである。
天気予報によると午後から雨のようである。
でも、ここ最近休日となると雨ばかりで、気分が晴れない。
今日は、腹を括って多少の雨でも決行することにしていた。
今は雨が降れば、どこかの展望台か、車中で食事をすればいい。
のんきな考えかも知れない。
今のところ曇ってはいるが雨は無い。

さー出発。
法皇トンネルを抜け金砂湖へ。
行く道程には、色づいた木々が私たちを迎えてくれる。
キャンプ場近くの戻ヶ崖には、銅山川の白い流れが紅葉、黄葉、照葉樹とマッチングしたコントラストが映えている。
まるで色山水のようである。

このあたりで、雨滴が漂ってきた。
「寒い」
「あっメイちゃんの靴が脱げちゃった」
娘がすばやく
「はやく車に乗って!」
家内「食事どうする?」
車中もいいけど雨足が強くなってきたので
「家に帰って食べようよ」
「そうだね」
湖畔の紅葉を見た後我が家へ。

強行軍だったけど楽しい時間を過ごすことができた。

Christmas(クリスマス)

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気の早いクリスマスツリーの飾り付け
我が家では、昨日クリスマスツリーの飾り付けを行った。
家には、小生と家内、そして愛犬?のみである。

今まで幼稚園に勤務していた娘も嫁ぎそのころ飾っていたバルーン、イルミネーションなどすべて孫にプレゼントした。
我が家では、ゴールドクエストなどの木を使っていたのだが、枯れてしまい、最後にはゴムの木に・・・・・。
今では、この木も枯れてしまった。
それからというもの、殺風景なクリスマスであった。

双子の孫も3歳になりクリスマスを多少理解しているようである。
昨年、娘宅に飾り付けられたツリーは、すごく綺麗だった。
孫もあまり触れない様子で、収納するまで美しい状態であった。

そのような訳で、我が家も新調したのだ。
ツリーの高さは、1.5m、ファイバーの無いごく一般的なヤツである。
飾り付けは至ってシンプルに。
イルミネーションとして、中村さんが発明した青いLEDの照明にした。

週末には、孫たちのお出ましだろう。?
どんな顔をするか、またどんな表現か楽しみである。

憂愁の東赤石山

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写真上:ゴーロ登攀の登山者
写真中:前赤石山と雲上の兜山
写真下:ジンジソウ〈人字草〉(ユキノシタ科)

今日は、20日の石鎚登山から3日目の山行である。
台風23号が去り、ここ1週間近く秋空の続く日々である。
女房は昨日から登山の準備に余念がない。
瀬場から赤石山荘経由八巻山には、およそ4時間を要する。(若い頃は、3時間あまりで登っていたのだが・・・・。)
しかし、石鎚登山(土小屋ルート)にくらべ胸突き八丁の連続の登山である。
でも毎年登っている好きな山のひとつである。

午前5時起床。(女房は4時30分)
5時30分自宅を出発、自宅近くのファミマで食料調達。
法皇隋道、金砂、富郷経由で6時30分瀬場登山口に到着。

ここで朝食をした後6時55分登山開始。
新しくできたトイレ(水洗式の綺麗な)の横を通り、トラバースの山道に入る。
7時05分:筏津ルートと合流。
7時30分:八間滝の見える地点。
8時00分:(左)赤石山荘、(右)東赤石直登コースの分岐。
私たちは赤石山荘経由ルートにする。(最近は、殆どこのルートばかりである。)

ここからおよそ2時間30分で赤石山荘だ。
登山道もかなりな傾斜になってくる。
最近我が家近くの登り道でトレーニングしているせいかあまり疲れを感じない。

10時30分:赤石山荘到着。
赤石山荘には、管理人の安森さんが毛布や布団を干していた。
「お元気でしたか」
見ればわかるのに言ってしまった。
少し狼狽気味で「3、4年前の2月の雪中登山で小屋をお借りしました。」
管理人の安森さんは、にこやかな様子で、「ここ最近冬の泊まりが無いようです。」
昨年冬あたりのことらしい。
挨拶した後、山の様子やこれからの赤石山荘について雑談した。

山荘近くには、夏のオトメシャジンや秋のリンドウ、マツムシソウなどまもなく訪れる冬の前に精一杯可憐さを演出しているようだ。
ここから八巻山まで30分。
赤石山荘前の小さな沢に沿って八巻山の西のコルに向かう。
殆ど草木の無いゴーロ地帯を歩く。
コルには、ピラミッドの先端に重しを乗せたようにバランスよく大きな岩が横たわっている。
その岩の近くには、マツムシソウ、リンソウの濃い紫の花が咲いていた。
ここから岩の稜線に沿って登れば山頂だ。

山頂には、ステンレスの祠が納められている。
そばには、避雷針も立っている。
八巻山から望むパノラマは、最高だ。
東赤石山、三森山、平家平、冠山、遠くには石鎚連峰、北には四国中央市、新居浜市が雲の下に見え隠れする。

ここで早い食事をし、同じコースを引き返したのだった。

孫と和泉ちゃんの日曜市・牧野植物園

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長かった梅雨が一気に去り、猛暑の毎日が続いている。
昨日は、朝早く起き5時ころから野良仕事に精を出す。
花芝の雑草取りである。
携帯の蚊取り線香を腰にぶら下げ頑張るのであった。
女房も手伝ってくれたので7時過ぎには、終わった。

一仕事をした後、シャワーを浴びジーンズを穿き出発の準備にかかる。
パジェロのシートを3列にし、孫たちが座れるようにセットアップ。
日曜日の息子は、西寒川青年団の白虎会の廃品回収で1日費やすため、嫁の和泉ちゃんを連れ立って出かけることにした。
朝8時頃息子宅に行き、その後娘宅に行く。
総勢6名で出発だ。
三島川之江インターを乗り、途中川之江JCで高知・徳島自動車道に入り、川之江東JCから高知道に乗る。
新宮インターを越え立川PAに寄り小休止をした後、高知インターへ。

高知インター下車。
時間は、9時30分である。
インターを降り、高知駅前を左折し、「はりまや橋」手前を右折し、日曜市筋に入り大きな中央分離帯の右レーンを通り、日曜市筋の真ん中ほどの有料駐車場に車を止める。
南国高知だけあって外は強烈に暑い。
日曜市って1キロメートルほどあり端から端まで歩くと結構疲れそうだ。
私たちは、半分ほど歩いたが、孫たちは早速バテてしまった。
しかたがないので、明人君を背負い、美咲ちゃんは、和泉ちゃんと手を取り合って歩く。
途中、カキ氷を買い二人に食べさせながら車まで戻ることにした。
高知では、サツマイモの茎と葉や、サトイモの茎、イタドリなど所狭しと並んでいた。
海の幸、山の幸、土佐の刃物、あらゆるものが並んでいる。
例えば生姜およびミョウガ1盛100円、新生姜でも200円で、スパーマーケットの倍ほどのボリュームである。
ここでは大方の食材を揃えることができるだろう。

11時になったので、早めの食事をとることにした。
五台山近くの地場のレストランへ向かう。
高知での食事ってあまり美味しくないイメージであったが、ここは80点ぐらいだ。
高知といえばサワチ料理が有名で大きなお皿一杯に料理で埋め尽くされるが、(いごっそう=くよしないが大雑把なおおざっぱ)ここの料理は細やかなセンスの盛り合わせであった。
ゆっくり食事をした後、牧野植物園へ。

牧野植物園って、(牧野植物園の紹介から)
@ 昭和33年(1958)に、高知県が生んだ植物学者・牧野富太郎博士の業績を顕彰する施設として、高知市五台山に開園しました。
平成11年11月には「牧野富太郎記念館」が開館し、園地面積を拡張しリニューアルオープンいたしました。
園内には博士を生む土壌となった高知県の植物を中心に、博士ゆかりの植物など約3,000種が四季を彩っています。
また本園の特色として、植物園機能とこれらの貴重な資料を紹介する展示、研究、生涯学習の場を提供する施設などを収めた博物館が同居する総合施設は、国内では他に例がないと思われます。
人と自然の関係を大切にした安らぎと憩いの空間で、自然と共に暮らすことの豊かさを再発見していただければと願っております。

A 牧野富太郎記念館は、建築家・内藤廣氏の設計によるもので、木の温もりを生かし入園者を優しく包み込み、自らを「草木の精」と呼んだ牧野富太郎に相応しい空間を作りだしています。
さらに、景観に配慮した環境保全型建築の方向性を示す優れた建築物として全国的な評価を受け、第13回村野藤吾賞をはじめ数々の賞を受けています。
この牧野富太郎記念館は、本館と展示館の2つの建物からできています。
本館には、植物標本庫や実験室といった植物学の研究施設、あるいは植物関係の図書を収めた図書室、牧野博士が収集した蔵書、直筆の原稿、植物画など58000点を収蔵した牧野文庫があります。
その他に大型スクリーンを設置した映像ホールでは、牧野富太郎や植物に関するビデオを見ることができます。
展示館には、牧野富太郎の生涯を伝える常設の展示室や、植物画を系統的に紹介する植物画ギャラリー、年3、4回テーマを変えて展示する企画展示室が設けられています。

B 園地は、2haから6haへと拡大し、野生ツツジや野生ギク、アジサイのコレクションをはじめとする牧野博士ゆかりの植物を中心に約1500種13000株の植物が四季を彩り、憩いの場を提供しています。
新しい園地には、標高1000m以上の冷温帯から温暖な海岸線までの植生を4つの気候帯のゾーンに区切って再現した土佐の植物生態園をはじめ、さくら・三つ葉つつじ園、空木(うつぎ)園、あじさい園、薬用樹木園などを新たに整備しました。

で、この広い野原いっぱいのような植物園を歩きまくり。
でも館内は冷房がほどよく効いて疲れなかったが、一歩外に出ると五台山の頂上付近にあるとはいえ、北側(海と反対側)に廻れば熱波にさらされメチャクチャ暑い。
特に最後に温室に行く道中は、孫たちもかなりグロッキー。
でも温室に入ると湿度調整をしているためか温室のほうが涼しいではないか。

ここには熱帯、乾燥地帯の植物が混在。
別に無くてもいい施設のように思えてならない。
温室を出ると植物園の出口だ。

出口の前には、竹林寺(ちくりんじ)があり、
(竹林寺の紹介から)
@ 聖武天皇が行基に唐の五台山によく似た山を探して寺を建てるよう命じ、この地に竹林寺が建立されました。
緑の中に、赤い五重塔がひときわ鮮やか。
苔むしたお地蔵様や石段がお寺の歴史を偲ばせます。
こけら葺き屋根の本堂と宝物殿に並ぶ17体の仏像は国の重要文化財。
四国霊場では唯一文殊菩薩をご本尊とし受験生でも賑わいます。
よさこい節で「坊さんかんざし買うを見た」と歌われているのは竹林寺の僧侶、純信。
そんな恋のエピソードも秘められています。
(純信が伊予の川之江に逃れてきた。四国中央市には、よさこい踊りの純信連がある。=余談)

お寺の横にある茶屋でアイスとお茶で喉を癒す。
私は、この上にあるパジェロをとりに行くことに。
エンジンを掛け車内が少し冷えたので、皆が待つ茶屋に向かう。
「そろそろ帰ろう」
声をかけ皆乗り込んだところで家路に向かった。
帰りの車内では、疲れ果てた孫たちが気持ち良さそうに眠りについた。