「山路風」と「山路風山岳会」の仲間たちの登山日記


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赤石山系(東赤石山〜八巻岩峰〜前赤石山〜物住の頭〜西赤石山)縦走記
2001.01.27〜2001.01.28
八巻山から赤石・法皇山脈の眺望
 2001年1月27日 〜28日
私たち3名(M:3名)にて愛媛県赤石山系の縦走を行いました。
 1月27日
[ 赤石山系の概要 ]
南国とはいえ、厳冬の赤石山系も人々を寄せ付けない風貌で立ちはだかっている。荒涼と殺伐とした冬のおもむきに入山する登山者は、数少ない。

高度を上げるにしたがいラッセルする雪の量もかなり多く、春から秋にかけての風情とはあまりにもかけ離れている。

「赤石山系」は、花の百名山にも数えられ、一際世のアルピニストのあこがれの山となっているのがうそのようである。


「赤石山系」は、花の百名山のみならず、エクロジャイト(eclogite)という特異な岩石で構成された日本唯一の地域で、世界的にも地球の歴史を調査する上でも貴重な地域である。

地中奥深くのマグマからから噴出したカンラン岩は、カンラン石と輝石を主要に構成された鉱物であり、地球のマントルを構成する主要な岩石であるといわれている。

また、権現越えあたりの北壁や権現山近辺では、エクロジャイト(eclogite)を見かけることある。
エクロジャイトは、ザクロ石と輝石を主要の岩石である。
赤褐色の部分がザクロ石で、緑色の部分が輝石の一種であるオンファス輝石である。

エクロジャイトはキンバーライトや玄武岩中に捕獲岩(他の鉱物といっしょにマグマから噴出したもの)として見つかることがあり、外国では、ダイヤモンドを含んだものも発見されている。

このような、特異な地質と地形から、赤石山系に自生する高山植物は、西日本の他の地域との比較に値せず、独自の進化の植物も多い。

[ 登山手記 ]
2001.01.27.私たちメンバー3名で、縦走のため早朝に西赤石山の日浦登山口に向かい、ここに車を止めておく。

ここを引き返し、筏津登山口から登山開始。

コースは、東赤石山〜八巻岩峰〜前赤石山〜物住の頭〜西赤石山〜日浦登山口である。

早朝7時前の冬は暗く、ヘッドライトをたよりに赤石山荘を目指す。
登山口の積雪はまだ少ない。

登山口ですべて点検・装備確認・装着確認の後、出発。
普段でも厳しい東赤石山であるため、厳冬の入山者は、少ない。
したがって、ラッセルされた登山道は無く、露払いの登山者にとってかなりの負担を強いられる。
最初は、リーダーのラッセルだ。

「歩きにくい・・・・・」
「雪質重いねー・・・・・」
私が独り言を言いながら高度を上げて行く。

途中右に行けば、赤石直接登攀ルート、左は赤石山荘・八巻山直下巻き道ルートである。今回は、山荘泊のため左ルートにする。ここから歩くことおよそ50分、唯一平坦な水場に出る。

「このあたりでアイゼン着けたほうがいいね。」
「そうしよう。」高橋さんの一言で決定。

寝袋ほか普段の倍近くの荷物を背負っている。
結構きつい。
このあたりから積雪1メートル以上になってくる。

「後、もう少し」
リーダーのその一言に力が湧いてくる。

あれからもう、1時間近く歩いただろうか。
晴天の赤石山系の大パノラマ。
「すっげー、八巻きれい」感嘆のことばである。

取りあえず、赤石山荘には11時頃到着。
通常なら赤石山荘まで3時間足らずで行けるのが、4時間近くかかってしまう。

今日の泊は、赤石山荘にする。時間はたっぷりある。
山荘で空腹を満たし、必要用具のみにし、東赤石山を目指す。数日前に降った雪のため、白銀の世界が広がっている。

およそ30分ほどで赤石越えに到着。
日中とはいえ、かなり寒い。

風の戯れか悪戯なのか、化粧した雪の風紋と岩肌とモミの木に付着した海老のシッポが見事である。
シッポの長さは、50センチから60センチに北西の方向に伸びている。

このあたりから紺碧の青と無傷・無風の銀世界に酔いながら、シャッターをきる。
フィルム感度ISO100。もっともISO50を持ってくるべきところ、前日の残業で、時間が無く購入できなかった。

赤石越えからおよそ30分で東赤石山登頂。
だれひとり登頂していない東赤石山頂は、私たちを優しく迎えてくれたようである。
厳冬の山頂からの眺望は、まさに天下一品。北の中国山地、南の四国山系の大パノラマに浸っていた。



東赤石山頂では、やはり北西の季節風に曝されかなり寒い。
およそ10分程度で下山開始。

ここから、一路八巻岩峰縦走だ。
ここは、日本アルプスに負けず劣らす、すばらしい岩場の連続である。 (夏での話)厳冬の雪のためか、(慣れなのか?)思ったよりクレパスも少なく比較的歩きやすい。

しかし、雪と氷の稜線の北側には、大きな雪尾が待ち構えている。
雪原をピッケルと歩間で雪の質を確認しながらゆっくり歩く。


赤石山荘近くの急勾配の尾根にさしかかる。
ところどころクレパスがある。
絶えず岩と雪と氷の状態を確認し、赤石山荘近くの尾根に到着。
途中、白銀の世界に浸りながら、さまざまなシルエットをフィルムにおさめる。
雪の残した雪化粧?風紋が美しい。

さーいよいよ山荘だ。
「明日のために、ルート確保しながら下山しよう。」
やはり、冬山登山歴の山男の一言である。

「そーなんだ。」
赤石山荘の方を見ながら、私が呟く。
山荘と結ぶ延線を眺めながら、ルートを決めているようである。
「明日、同じ所を上るほうがラッセルしなくてもいいから」
「OK。じゃーゆっくり降りますか。」

私が、先陣。後に、KSさん、TKさんとつづく。
およそ4時過ぎ山荘に到着。

山荘前の雪は、比較的少ない。
それでも、50〜60センチでかなり絞まっているので玄関前の除去作業は結構時間がかかった。
3段ほど階段を造り、山荘に赴く。

東赤石山直下の樹氷


ザックを下ろし、寝床の準備と、夕食の準備にかかる。
今夜は鍋だ。鍋にありつけるうれしさにお腹の虫も鳴っているようである。
冬の夕暮れは早い。早速、暖をとる。(実は、電気もストーブも無し。)
暖炉を兼ねたコンロの灯火が、静寂の山荘に漂う。
ヘッドライトに陽を燈し、食事で体を暖めながら、ひと時の談議を交わす。

結構寒いが、食事のときは、命の泉が彷彿され、楽しいひとときを過ごす。
食事を終えたのが、7時。

「ぼちぼち寝ようか・・・・」
温暖マットをあたためながら、体を横にする。

シュラフ(寝袋)に足を入れ寒さを凌ぐ。
気温−10度近い。

早めに切り上げ就寝。
「おやすみなさい。」
「ZZ・Z・・・・」


 1月28日
翌朝5時起床。
寝坊すけの私もやっと床(シュラフ)から抜け出す。
とっても寒い。

山は、少しガスっている。
外の冷気は肌を刺すように気温が下がっている。

冬期の赤石山荘には、管理人はいない。
取りあえず茶封筒に、名前・住所など記入し、宿泊費を部屋の中央の投入口から投函する。

昨日玄関のロビー(庭?)の物干しロープに、2000円が吊るされていた。
投函場所がわからなかった登山者だろう。
一応コメントを記し3名+前泊者分封入した。

「これでいいでしょう。」書くのが私の担当。
こうして、料金の支払いが終わる。

「うん。ついでに部屋の掃除をしておこうかな。」
部屋の片隅にあったホウキでローカや玄関の掃除し、余ったトイレットペーパを寄付したのちいざ出陣。

「今日のスケジュールは、ここから急勾配を一気に登り、八巻岩峰をめざし、尾根伝いに進んで、峠に下り、前赤石山〜物住の頭〜西赤石山〜日浦登山口に行きまーす。」

力強いリーダーの掛け声に、私とTKさんもようやく頷く。
本音は、下山してもいいほど結構満足していたからである。

でも早朝の雪景色も、遠望の雲と周囲の雪原がまるで山水のように調和している。
贅沢にも、この景色をひとり占めにしている。

早速、昨日つけたルートに沿って一気に稜線をめざす。

尾根から吹き降ろす風が冷たい。
途中岩肌に身を置きながら、防寒着をつける。

「よーし、稜線までがんばろー」息を吹き返したわたしが、声をかけ先陣を切る。
八巻山山頂に着く。
周りは、少しガスっている。
昨日の空と違い、鉛色の空が一面漂っている。
天気予報によると、午後から、雨(雪)になるそうである。

今回ピッケルのみを使い、ザイルは無くても稜線の歩行には差し支えなかった。
季節風によって、肌蹴た岩肌が、まるで透き通った造形が美しい。

しかし、山頂からの眺望は、すばらしい。
東前方に東赤石山。その後方には、権現山、黒岳、エビラ、霞んではいるが遠くに赤星山が続いている。

進路方向には、夏には、カンラン岩の赤茶けた岩肌で覆い尽くされた前赤石山が、まるで白い絨毯(じゅうたん)を纏(まと)っているようである。

西赤石山方向には、今にも冬の季節風に泣き出しそうな雲が漂っている。
「長居はできないな」ここからKSさんが先陣となって前赤方面に向かう。
「前赤どうする?」
私はとっさに答えた。
「雲行き悪いから今回パスしよう」
「了解」
KSさんの早い決断である。

今にも崩壊しそうな切り立った前赤石山の巻き道を、ピッケルで確保しながら無事通過する。
ここは、日本アルプス並の切り立ったカンラン岩と角閃岩の多い、鉱物学者にとって世界的に貴重な山でもある。

その後、物住の頭、西赤石山へと縦走する。
季節はずれの黄砂にしては、西赤石だけ雪が黒墨んでいる。
ピッケルで少し掘ってみる。
下層はあまり汚れていないようである。

ただ、この地域は、季節風の影響をもろに受けやすいと思われるが・・・・・
西赤石山も過ぎ東山にさしかかる。
このあたりから雪の量も極端に少ない。

ツガザクラが遠い春を待つかのように寒さに耐えている姿は、人間以上に底知れぬ生命力を感じる。ただただ脱帽。

張られたロープに沿って一路銅山峰に向かう。
「さーここで小休止。」
「そうだね。」
銅山峰で、それぞれをカメラにおさめる。
もうアイゼンは不用のようである。
年数回登るこの山系は、至って順調に高度を下げることができた。
古の旧別子銅山ルートに沿って下山。

途中この銅山で殉職した方々の慰霊塔にそっと手を合わせ黙祷をささげる。
それから、10分弱で日浦登山口に無事到着。
到着は、午後3時前。
ちょうどそのころ、雪の舞う時間となった。
私の大好きな赤石山系に感謝しながら帰路にたった。